南護の若君
日差しが容赦なく照りつける荒野で仕事をひと段落終えて人心地ついていると、中央からの伝令が疲れ切った面持ちで駆け込んできた。
ここは龍都のはるか南、護家が守護する南門すらも超えた危険地帯。俺は部下と共に定期遠征の真っ只中だ。だと言うのに――。
「なんでこんなときまで厄介事を押し付けてくるんだ……」
書面には学舎内で勃発した貴族間の揉め事が事細かに記載され、最後に一言仲裁を求める文言が記されている。読んだ限り俺ではなく父である悧家当主が動くべき事態になっているように見受けられるが、伝令曰くその当主よりのお達しらしい。きっと面倒な争いごとに巻き込まれるのが嫌でこちらに投げたんだろう。あの方は頭の中まで筋肉でできている典型的な武官だからな……。
「返答はいかがされますか」
「どうもこうもない。見ての通り俺は任務中だ、わかるだろう?正直貴族連中のくだらない争いごとに頭を悩ませていられるほど余裕はないんだ。お前には悪いが、当主に差し戻してくれ」
溜息とともに書類を突き返せば、後ろからクイと髪を引かれる。
「動かないでくださいよ若。結びづらいでしょう」
「あぁ、悪い」
「悪いと思ってるなら書類、受け取ったらどうです?見てくださいよー伝令の顔。可哀想に今にも泣きそうですよどうすんですか」
「い、いやしかし……」
「大丈夫ですよ若ならこれくらいの面倒ごとパパっと何とかできるでしょう?ほら、若強いですし!」
「強いかどうかは今関係ないだろ……」
己の部下さえこの脳筋ぶりである。南の連中は皆武力であらかたの問題を解決できると思っている節があって溜息が止まらない。せめてもう少し話の通じる相手がほしい。
「早いうち林鳥を迎え入れなくてはな……」
「あーそうそうそいつ。若、付きまとっては振られてるんでしょう?」
「言い方!」
「さっさと今回のごたごた何とかしないとそいつのとこにもやっかみが飛ぶかもしれませんよ」
「そ……!れは、ないとは言い切れないな……今までも絡まれてるみたいだったし……」
「あーあぁ可哀想に若のせいで無関係な若者が」
大仰な仕草でこちらを非難してくる男に悔しいが返す言葉もない。その上目の前の必死な伝令の顔を見ては、折れないわけにはいかなかった。
「わーかった!わかったよ何とかすればいいんだろう?!」
したり顔の側近と顔を輝かせる伝令。
……まぁ、正直気持ちはわかる。当主は知略政略方面は壊滅的だから逆に厄介事を大きくしかねないしな……。
ここで書類を突き返したとてどうせ最後は自分が動くことになるのだから仕方ない、と半ば無理やり納得して立ち上がった。そうして意地悪くも俺を言い負かしたことに喜ぶ側近へビシッと指をさし満面の笑みを作って言い放つ。
「お前のおかげで早々に任務を片付ける必要ができたから、いつもの三倍は働いてもらうぞ」
「さ、三倍?!そんな無茶な、俺が死んじゃってもいいんですか?!」
「その程度で死ぬような軟弱はそもそも南に必要ない!そも、お前お得意の力で相手をねじ伏せればいいだけの話だ」
「そ、それは確かに……!よーしじゃあ頑張りますかね!とりあえず皆を集めてきますんで、若は戦闘準備お願いしますよー!」
言いながら駆けていく側近のあまりの扱いやすさにありがたいと思う反面単純すぎて頭を抱えたくなった。こんな連中ばかりじゃ悧家の将来が危ぶまれる。
「はぁ……やはり何としてでも、林鳥を落とさなくてはな……」
何度目かの溜息を乾いた地面に落としながら、俺は一人帰還する伝令を見送ったのだった。