物語 IF 『夏』

 夏


「『恋バナ』をしよう!」
 偶然海の家に集まった男性陣の前で、酷暑をものともしない溌溂とした笑みとともに目の前の金髪の青年――孫護そんご殿は言った。
 突然の提案に俺と蝶雲ちょううん殿は戸惑いの笑みを浮かべ、林鳥りんちょう殿はまた始まったと言わんばかりに顔をしかめている。それはそうだろう。気軽に恋の話をするには、この人選は重すぎる。
「あんたな……わざわざ痴態を晒して何が楽しいんだ。それに万一相手に聞かれたら次合わせる顔がない」
「私は、封聖ふうせいに聞かれることは構いませんが……。しかし孫護殿が期待するような面白い話はできないと思いますよ」
「うーん、そうか?俺は楽しいぞ。今までそういう話のできる相手がいなかったしな。貴方もそうだろう蝶雲殿。お互い立場のあった身だ。それに暘俊ようしゅん殿、君も。君は麗青れいしょう殿の魅力を誰かに話して聞かせたいと思ったことはないのか?」

「ありませんね」
 
 俺は間髪入れずに答えた。……答えてしまった。そんな俺の反応に、興味なさげにしていた二人は各々違った表情をのぞかせる。
(あぁ、しまった)
 はめられた。どうやら俺は彼らを釣るための餌にされたらしい。彼女のこととなると冷静でいられない己の未熟さが恨めしい。
 俺の内心を知ってか知らずか、孫護殿は嬉々として話に食いついてきた。
「へえ、ないのか!何故だ?俺なら誰彼構わず惚気たいと思うが」
 こうなっては逃げることは難しい。俺は観念して話題にのることにした。
「だって想い人の魅力を他人に語って聞かせるなんて、自ら敵を増やしていくようなものでしょう」
 その言葉に三人は何とも言えない顔をしている。彼らの心中を代弁するように、孫護殿が口を開いた。
「うーんどうだろうなぁそれは。確かに彼女は魅力的で美しいが、常人ならあそこまで男の気配をさせている女性に手は出さないだろ」
 言葉の意味をはかりかねていると、隣から落ち着いた声で痛恨の一撃が入った。

「暘俊、貴方、耳飾りはどうしました?」

「……あー、それはその……今、人に貸していまして」
「ふーーん。それにしても麗青の被っている帽子についている飾り、綺麗な色をしていたな。どこかで見覚えがある色な気がするが」
 どことなく楽しそうに林鳥殿が追い打ちをかけてくる。そんなこと気づくか普通?
「そういえば彼女、最近ごくわずかに術香じゅつこうを纏っていたな。あれは確か、守護のこう、だったか?独特の調合だったようだが」
「もう勘弁してください……」
 3人からの怒涛の追い込みに顔を覆って敗北宣言をする。こんなのいたたまれない。恥ずかしすぎて火が出そうだ。
 すっかり参っている俺を見て、3人は楽しそうに笑っていた。
 
「いや意地の悪いことをした、すまない。つい楽しくてな。しかしそこまで照れずともいいと思うぞ?愛する人が自分のものだと主張したい欲求は、当然のものだからな」
「そうか……?俺はそういうのないけどな」
「お前は乱華らんか殿なら必ず自分の元に戻ってくるという確信があるんだろ?林鳥は妙なところで自信家だからなぁ」
 言いつつ小突いてきた孫護殿を払いのけながら彼は首を振った。
「そんなんじゃない。俺はただ、あいつが自由に生きられたらそれでいいんだ。ようやくしがらみから解放されたんだから、俺が縛りたくないだけだよ」
「ふむ、小鳥が自由に羽ばたき自然と戯れる様を眺め、小鳥の帰巣本能に任せて愛でる、と……。随分とよく慣らされているようで感心します」
「なんであんたはちょっとアレな言い方をするんだ」
 蝶雲殿の独特な言い回しがお気に召さなかったようで、林鳥殿は呆れたように額に手を当てた。
 
「そういうあんたはどうなんだ、蝶雲。常に封聖と共にいる印象だが」
「そうですね。できることならどこかに閉じ込めておきたいです」
 爽やかな笑顔で言い放たれた言葉に林鳥殿は呆れ果て、孫護殿は沸き立っていた。俺はと言えば……正直、わからない感情ではない。
「さらっととんでもないことを言うなぁ蝶雲殿!」
「そうでしょうか?封聖はあの龍王陛下でさえ賞賛を送る美貌の持ち主ですからね。昔から多かったのですよ、政敵も、恋敵も」
「にしたって監禁はさすがに……」
「まぁ、できることならそうしたいという程度ですよ。彼女は神子みこですから、残念ながら私一人で独占というわけにはいきません」
 肩をすくめながら苦笑いして見せるが、それはつまり彼女が神子でなければしていたのだろうか。……この人ならしそうだな。

「おーい!みんなで一緒に遊ぼー!!」
 残るは話題を持ちかけた本人のみという段になって、外から少女の声がかかった。
「おっと、姫様方がお待ちだな!」
「おいこら孫護!ちょっと待てお前俺たちに話させておいて逃げる気か?!」
 慌てたような林鳥殿の声に、彼はからからと楽しそうに笑った。
「わかったわかった!っても正直なところ、俺は色恋沙汰には疎いんだよなぁ。なんたって俺、生前恋愛してないから」
 驚きの事実にあっけにとられる俺たちを置いて、彼は朗らかに笑った。
「それにな。俺は確かに静華さいかを愛しているが、それ以前に彼女は俺の憧れだったんだよ。書物の中の英雄、武の達人にして国の基盤を整えた偉人。そういう彼女に俺は昔から憧れていた。まぁ、実際はそうできた人間でもなかったがな?だからさ、俺の気持ちはあんたらと違って純粋に恋じゃないんだ多分。さらに言えば静華にとって一番大事なのは俺じゃなく乱華殿だし、そもそも俺たち死んでるしな!」
 そこまで話したところで再度外から呼ばれ、彼は快活な笑みを残して今度こそ駆けていってしまった。

「なんなんだあいつ……」
「嵐の様でしたね」
「しかし実に懐の広い、不思議なお人だ」
 振り回されつつもなんだかんだ充実した時間を過ごせていたことに、三人で顔を見合わせて苦笑いを交わす。たまにはこうして男性陣で会話を交わすのも面白いかもしれない。
 そんなことを考えつつ、女性陣がしびれを切らさないうちにと熱せられた砂浜へ足を踏み出した。