耐冬花
常より少しだけ冷たい風が緩やかに頬を撫でる。
美しく澄み渡る空はどこかもの寂しい。
椿咲き誇る花園で、私は一人、流れる時に身を任せていた。
摘み取った花から香る芳香が、封じた記憶をわずかに揺さぶってゆく。
『えぇ、そうですね。この花は好ましく思います』
耳に反響するような低音に、私はそっと瞼を伏せた。
普段なら植物に関心なんて示さないあなたが、珍しく微笑んだ花。
私とあなたを繋いだ耐冬花。
「風よ、どうかお力をお貸しください」
そっと口に出せば手にかざした花弁はするりと風に運ばれてゆく。
もう、二度とまみえることはないけれど、それでも……ずっと。
「愛しています。蝶様」
あの頃は気恥ずかしくて口にできなかったこの言葉が、この花と共に、あなたへ届きますように。